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戦前のサラリーマンから見えるサラリーマンの将来(下) - 複業サラリーマンの時代(8)

複業に興味を持ち始めた頃に、サラリーマンの成り立ちが気になり調べてみました。現在のようなサラリーマンは戦前、大正から昭和初期にかけて増大しました。当時の人たちは、新しい職種である自分たちサラリーマンの事をどう思っていたのでしょうか?

 

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今と変わらない、戦前のサラリーマン

引き続き、鬼頭篤史の論文「大正末期~昭和初期のサラリーマンの模範像」から、サラリーマンの当時の様子を見ていきたいと思います。 

 

当時のサラリーマンも、今と変わらず「生活の保障」による「安定」を強く求めていました。 

 

現状に妥協し、資本家および経営者に協調的な姿勢をとり、職務に精励して得られる棒給を貯蓄することによってこそ、職場における地位の安定と安楽な家庭生活という幸福がもたらされる。

 

若干、今と違うのは、上層移動の目標と言う面もあったところです。 

 

小学校を卒業して商店に5年間奉公した後、商業会議所検定試験合格の資格で、別の商店に入り直したある男性は、店員として入ることができた時の心情を「この年から私の小僧生活が、サラリーマンに変わったのでした。初給三十円、商業学校出と同等の待遇を受ける身となりました」と誇らしげに述べる。

 

テレビドラマなどでしか知りませんが、厳しく理不尽な奉公人から見ると、サラリーマンは憧れの目標だったのかもしれません。ただ、当時の奉公人より理不尽な非正規がどんどん増えている今、再び同じ状況になるのかもしれません。 

 

経営者、資本家は、意図的に「安定」志向を操作

この時代の経営者や資本家は、強い立場を武器に都合よく主張しています。例えば、今で言うサービス残業を奨励するような、こんな引用がありました。  

実業界が求める人材について具体的な条件を提示して論じたのは、宇治川電機株式会社社長の林安繁である。林が提示する条件は、「会社の仕事を自分の仕事と考ふると云うこと」であり、具体的には「百円の給料を貰って二百円働く奮闘的青年であらねばならぬ」と説明される

 サラリーマンを使う立場から、コストを抑えて利益を大きくしたい、という魂胆が透けて見えます。当時の資本家が恐れたのは階級闘争で、サラリーマンは「職場の仕事に専念し,安楽な家庭生活を享受することを追い求めるよう」巧みに誘導されていきました。 

 

サラリーマンの将来は?

意図的に操作され、「安定」を失うのを恐れてとにかく主張しない、変化を嫌う、といったサラリーマンに付きまとう哀しさは、この頃からずっと変わりません。この後、日本が大東亜戦争へと突っ走っていってもサラリーマンは沈黙を保ったまま、結局戦況の悪化により戦地に送られ、最後は多くの人が戦死しました。 

 

非正規やブラック企業での勤務などおかしいと思っていても、自分がなる事を恐れて声を上げません。戦死は無くても過労死は今でも多々あります。はたして私たちサラリーマンの将来は?歴史は繰り返すのでしょうか? 

 

別に声高々に「階級闘争」を叫ばなくても、複業サラリーマンがその答えです。1つの勤め先に頼り切らず、コミュニティーを作り、自分の会社を起こして収入を複数にしておけば、出口はきっとあるはずです。